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神津善之介 公式サイト 

2001〜:風景 (2001 - Landscape , paisaje)



2006年12月作品

街の風景を描きたくなり、けれど画面の中に余白を残したくて、
いろいろ考えてこうなりました。
街の風景は本当に難しいです。
僕は風景を描く時、空が真っ赤に染まる時間よりも、
太陽が沈む少し前のオレンジと黄色と水色が淡く混ざりあっている時間か、
沈みきったあとの残った光が薄紫色に空を染める時間を好んで描きます。
これらはそんな時間帯の風景です。

2005年に描いた作品です。もともと僕はキャンバスに大地や空の面積を大きくとって、その中に家を1軒描くという構図が好きなのですが、この何気なく描いた2枚の絵から新たに触発され、それ以降いろいろな場所で同じような景色を探すようになりました。
2006年の松屋での個展にはこのような感じの絵を発表するつもりでいます。



僕は夕方の色がすきです。
けれど、描こうとすると、夕方の雲や空の色はものすごく移ろいが速い。
だから何度も何度もその時間に空を見上げます。何度描いても上手く描けません。
それでも描きたくて空を見ます。
同じような色ですが、空の色は毎日違って、自分のその日の気持ちが映されるようです。

もともと前の絵で主になる舟があったので、舟もなくし、もっと抽象的にしてみようとおもい実験してみたものです。

今まで、スペインでいくつかのコンクールに入選はしていましたが、この作品で初めて大賞を貰いました。そう言う意味でも、凄く思い入れのある作品です。
上下をただのキャンパス地の白にすることで中の具象部分とのコントラストを出そうとしました。またそのことで、大きく見ると、白、青、茶、白という色面になり、抽象絵画への関わりも持たそうと試みた作品です。

これはまた上下を白で切る風景画のパターンなのですが、今回は絵の中にキャンバス地の白を残してみようという試みから始めた作品です。
なので、風景を白一面の雪景色にしました。
これはそういう意味で、対象物よりもコンセプトが重視された作品だったのです。
なのに描いてるうちに雪の美しさに吸い込まれ、筆を入れすぎてしまいました。
気がついたら、夢中で雪の美しさを追っていました。


夕桜
65x54cm
この桜は2002年に行った、秋田の角館の桜です。
日本画では沢山見かけるテーマですが、油彩画ではあまり見かけないと思います。
実際この桜という物は象徴的に描くには向いていますが、リアルに描こうと思うととても難しい対象物です。
膨らみがあって量感もあるが軽い。
色も淡く、あたる光りの影響を受けやすい。
実に難しい のです。
ただ、この不思議な儚さが僕や日本人の心をとらえるのかも知れません。
僕の師匠は「たまに桜を描くのは良い。自分の技量がまだまだ拙いことに気づかせてくれる。」と言っていました。
本当にそうです。
僕のこの絵もまだまだしっかりと自分のものになっていませんが、スケッチではない、初めて描いた桜の絵です。
薄桃色の花びらをオレンジ色の太陽が最後の光りで照らしていました。

2003年の5月のグループ展に出した作品です。
その展覧会にはもう一枚、上に載せた「夕桜」を出しました。
今回は「パティオと庭」と言うタイトルのグ ループ展だったので、緑の絵なのです。
最近はなかなか緑を描かなかったのですが、 昔に描いていたときのような気持ちで初心に戻り取り組むつもりでいました。
けれど、昔はただ何も考えずに描いていたのですが、歳をとり無駄にいろんな知識を持って取り組むと、とても難しくて、あの頃とは違う作品に仕上がりました。簡単に描けていたあの頃の自分が信じられません。

2004年度の松屋個展に出品した絵です。
初心に戻り、緑と光りというテーマに取り組んだ絵です。
いろんな技法や絵の知識は増えたのに、昔よりも緑を描くことがより困難に感じました。
早朝、まだ庭師が入る前で鳥の声だけが聞こえる、マヨルカ島にある庭です。

これはイタリア、ミラノの画廊でのグループ展のための作品です。
やっと砂漠の絵が始められました。まだ砂漠に関する最初の作品なので実体が掴みきれていませんが、風景画としてはこのような作品を追求して行くつもりです。
余計な物、 色がない世界で、単純に「そこに在る」というフォルムが持つ、実体感を研究して行 くつもりです。
この2枚の絵は南中の太陽が全てを照らし白く消えゆく世界と、斜陽が作る陰の美しさの対比です。

砂の風景1
裸の風景1

砂の風景2
裸の風景2

砂の風景3
裸の風景3

この作品は砂の風景、裸の風景というシリーズです。
僕はこの春、サハラ砂漠に行き実物の砂漠というものに出会い、 暖かさや滑り、そして艶めかしさ、というものを感じました。
砂漠の砂は乾いていたのですが、僕の目には濡れているように滑らかに映り、とても美しかったのです。
それはまるで女性の躰のようでした。
砂が作るライン。
女性の躰が作るライン。
この二つの物体はまったく違う種類のものなのに、それぞれが作る、流れの美しさは同一のもののように僕の心を奪います。
ですから、触ったものは砂であり、肌なのですが、 僕にとって、これは美しい風景です。
また、今年に入り、なぜ僕が砂漠や裸や果物そして雪といったものを描くかというと、あまり沢山の色彩が溢れていると、その事に神経を使ってしまい、今の僕では微妙な トーンや立体感が表せないので、全体的に一つの色の世界を好んでいるのです。


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